2014/01/21

記事:インドネシア:バリ島、もう一つの姿 自然と共生、苦悩の楽園

http://mainichi.jp/shimen/news/20131228ddm007030003000c.html

インドネシア:バリ島、もう一つの姿 自然と共生、苦悩の楽園

毎日新聞 2013年12月28日 東京朝刊
舞踊「ケチャダンス」の一場面。伝統的な舞踊を観賞用にアレンジしたもので、「ケチャ」と呼ばれる男声合唱に合わせて踊る。ストーリーはインドの長編叙事詩「ラーマーヤナ」が基になっている=バリ島南部のウルワツ寺院で、佐藤賢二郎撮影
舞踊「ケチャダンス」の一場面。伝統的な舞踊を観賞用にアレンジしたもので、「ケチャ」と呼ばれる男声合唱に合わせて踊る。ストーリーはインドの長編叙事詩「ラーマーヤナ」が基になっている=バリ島南部のウルワツ寺院で、佐藤賢二郎撮影
 豊かな自然と独自の文化が世界中の人々を魅了してきたインドネシア・バリ島。だが最近、観光客や人口増加に伴う開発により、先人たちが守ってきた自然との共生関係が崩れつつある。「楽園」で今何が起きているのか、もう一つのバリの姿を報告する。【佐藤賢二郎】
 ■巨大リゾート計画

 ◇地元二分の論争に

ブノア湾を縦断する高速道路建設が原因で漁師を廃業に追い込まれたマデ・スマサさんは、「環境破壊につながるこれ以上の開発はやめてほしい」と訴えた=2013年11月8日、佐藤賢二郎撮影
ブノア湾を縦断する高速道路建設が原因で漁師を廃業に追い込まれたマデ・スマサさんは、「環境破壊につながるこれ以上の開発はやめてほしい」と訴えた=2013年11月8日、佐藤賢二郎撮影
 バリ島の玄関口ヌグラライ国際空港、州都デンパサール、そしてヌサドゥアなど高級リゾート地に囲まれたブノア湾の観光開発計画が突然浮上し、今、地元を二分する論争となっている。
 「湾の埋め立てと再開発は職を生み、地元に利益をもたらす」。11月初旬、湾東部のタンジュン・ブノア村の集会で、地元リーダーの一人が訴えた。観光開発の事業会社は、村内に学校と病院の建設を約束していると強調し計画への賛成を呼びかけた。
 一方、反対を表明した南部クラン村のリーダー、マデ・スギタさん(42)は「水位上昇など開発の影響が心配だ。住民に隠して計画を進めてきた行政や事業会社の手法は非民主的だ」と批判する。
 発端は7月の地元メディアの報道。バリ州知事が昨年12月、湾内での巨大リゾート施設建設に許可を出していたとすっぱ抜いた。湾内の838ヘクタールを埋め立て、約10の人工島を造り、ホテルやゴルフコースなどを建設する。これに住民や環境保護団体が強く反発。地元大学の調査で、開発が環境に大きな影響を与えることが判明し、知事は8月、許可撤回に追い込まれた。環境保護団体「WALHI」の現地代表、ワヤン・ゲンド・スワルヤナさん(37)は、知事の撤回を「沈静化のための時間稼ぎにすぎない」と指摘する。
 ブノア湾を保護地区に指定している法律は、今年7月公布の大臣令で来年には見直される見通し。その後、別の大学に調査を依頼し、環境に影響ないとの結果を得て改めて事業許可を出す公算が大きいとみている。「企業と行政が一緒になればどんな開発も可能だ」とワヤンさんは言う。
 湾南部トゥバン村の漁業者組合リーダー、マデ・スマサさん(48)は、今年10月にバリ島で開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)を前に政府が建設したブノア湾縦断高速道路の影響で、漁師を廃業。その補償金で仲間の元漁師とマングローブ林でカニの養殖を始めたばかり。「開発の影響を受けるのはもうたくさんだ。湾の埋め立てがマングローブ林にも影響するのであれば、命をかけて反対する」と力を込める。
 ■人口とともに増加

 ◇進まないゴミ再利用

バリ島唯一の大規模ゴミ処分場では、ビニールなどの再生ゴミや豚の飼料となる生ゴミを集めて生計を立てる人たち約400人が働いている=2013年11月7日、佐藤賢二郎撮影
バリ島唯一の大規模ゴミ処分場では、ビニールなどの再生ゴミや豚の飼料となる生ゴミを集めて生計を立てる人たち約400人が働いている=2013年11月7日、佐藤賢二郎撮影
 澄み渡った青空の下、見渡す限りのゴミ、ゴミ、ゴミ−−。バリ島南部デンパサール。島唯一の大規模処分場には、ゴミを満載したトラックがひっきりなしにやって来る。世界的な観光地は今、増え続けるゴミという難題に直面している。
 「このままではゴミが容量を超えてしまう」。ゴミ発電の施設などを運営する「ノエイ社」の現地責任者、エコ・ウィロスティオノさん(51)が悲鳴を上げた。処分場の面積は32ヘクタール。すでに80%以上の26ヘクタールがゴミで埋まり、高さは最高10メートルに達する。今も1日500〜800トンが運び込まれ、ゴミ山はどんどん高くなる。
 ノエイ社は10年前にバリ州政府と契約し、2008年からゴミ発電の施設を整備。だが、焼却時の熱やゴミから出るメタンガスを使った発電は、コストが高く採算の取れないことが判明。全ての作業を中止した。
 「ゴミ問題の背景には、プラスチックの普及がある」と、地元の環境保護団体のアギル・アティックさん(40)が指摘する。島では1980年代まで食器代わりにバナナの葉などの植物を使っていたが、90年代に入りプラスチックやビニールの製品が急速に普及。しかし、住民に分別や再利用という習慣はなく、全てがゴミになるという。
 バリでは自然増に加え、就労目的の移住者も流入し、人口は年2%以上の割合で増えている。アギルさんは「このままでは楽園がゴミの島になる」と頭を痛める。
 クタ、ヌサドゥアなどの観光地を抱えるバドゥン県は、地元の学校と協力してプラスチックゴミを回収し、企業に販売する活動を続ける。過去3年半で集めたゴミは117トン。同県のプトゥエカ・ムルタワン清掃局長(48)は「独自でゴミを再利用する方法を見つけるしか解決法はないのだが」と話した。
 ■高騰する地価

 ◇ビラ増加し消える水田

 「not for sale」(非売品)。バリの芸能・芸術の中心地、ウブド。町外れの水田の中に奇妙な看板が立っている。
 「土地はバリ人にとって何より大切なもの。それを伝えたかった」。水田の減少に危機感を覚えた地元の芸術家、グデ・サコールさん(33)が、3年前に竹で看板を作った。
 バリ州政府によると、島内の水田の総面積は8万1000ヘクタール。過去10年間、年約360ヘクタールずつ減り続けている。理由の一つが「ビラ」と呼ばれる観光客向け宿泊施設の建設だ。
 水田の広がる静かなウブド近郊でもビラの建設ラッシュが続く。バリ島で土地売買は法律で禁じられており、20年間のレンタルが一般的。その価格の上昇が水田減少に拍車をかけている。
 地元パトゥル村のマデ・テジャ村長(40)は「きちんと規制しなければ水田が消滅し、観光客はよそへ行ってしまう」と懸念する。人口876人の同村には180のビラやレストランがあり、住民の約8割が観光業で生計を立てる。
 農家の平均的な年収は500万ルピア(約4万2000円)。一方、土地の20年間レンタル価格は100平方メートル3億ルピア(約255万円)前後。さらにその後、ビラの管理人になれば月100万ルピアほどの収入も得られる。15年前から地元で飲食店を経営する竹俣晴海さん(65)は「10年前と比べて地価は約10倍になった。まさにバブル状態だ」と言う。
 そんな中で、農業を営むパンデ・スウィアワンさん(35)は最近、非営利組織を作り、子供たちに自然の大切さを教える活動を始めた。「バリの芸能、芸術は全て自然に根差している。お金よりも自然との調和を重視してきたバリ人の魂を伝えたい」
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 ■ことば

 ◇バリ島

 首都ジャカルタがあるジャワ島の東約2キロ、インドネシアのほぼ中央に位置する島。面積は東京都の約2・6倍の5663平方キロ。人口422万人の約9割が土着の宗教とヒンズー教が融合した「バリ・ヒンズー」を信仰し「神々がすむ島」とも呼ばれる。豊かな自然を生かしたリゾートが人気を集め、年間約290万人が訪れる国際的な観光地。

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